0177992

このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment
蛇々馬会 掲示板
[トップに戻る] [スレッド表示] [トピック表示] [新着順表示] [アルバム] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [管理用]
1六月灯は鹿児島だけ  / 2久しぶりの渋谷おはら祭りでした (1) / 3天皇とエリザベス (11) / 4私の為に作られたビール (13) / 5三反園さん異例の自民党へ (18) / 6さざれ石の如く日本は変わらない (13) / 7「人の命は地球より重い」のルーツは (10) / 8「はらみちゃん」正しくは (19) / 9新生山川小学校閉校 (8) / 10山川小学校閉校 (13) / 11鹿児島は玉子消費日本一 (5) / 12貧乏人の贅沢 (41) / 13マスコミの嘘を見抜く力を (39) / 14当体蓮華 (13) / 15私の「わび・さび」感 (6) / 16コロナウィルス対策を1日も早く (36) / 17「手打ちそば」の手打ちとは (23) / 18新年明けましておめでとうございます。 (12) / 19武漢コロナ (36) / 20山川 28会 東京同窓会 (1) / 21人助け世界最下位日本の報道を斬る (14) / 22令和も。。 (2) / 23渋谷おはら祭りが開催されました (38) / 242019夏 (18) / 25屋台村 (7) / 26おもてなし (10) / 27健康 (18) /



[ 指定コメント (No.1394) の関連スレッドを表示しています。 ]

私の「わび・さび」感 投稿者: 投稿日:2020/06/15(Mon) 19:59:32 No.1384  引用する 
真正面の雲、なんとなく飛行機に見えませんか。
これが本当の「飛行機雲」。

山川はずっと雨のようですね。
昨日、近所のスーパーに指宿産のオグラが158円
で並んでました。雨が降った時に収穫すると黒く
傷みが目立つのですよね。私は汚いのを選んで買
っています。少しでも売れ残りがないようにと。


翼果 投稿者: 投稿日:2020/06/22(Mon) 06:26:39 No.1386  引用する 
この季節、紫陽花だけに目がいきますが、わたし
が意外と気に入っているのが、紅葉(もみじ)の花
です。

花は咲かないのですが、種子がちゃんとできてい
る。ズームしてもらうと分かりますが、二つの種
の両端に長い翼ができる。これを翼果(よくか)と
言うそうです。

紅葉(もみじ)のプロペラと呼ぶ人もいますが、実
は二つの種の真ん中で別れて片翼飛行するようで
す。

青紅葉と赤翼果のコントラストが良かど。


五月晴れ 投稿者: 投稿日:2020/06/29(Mon) 11:29:28 No.1389  引用する 
本当だったらもうすぐオリンピックで、日本の
景気も最高潮になっていたはずなのですが。

【画像】中央に、かすかに国立競技場の屋根が。


Re: 五月晴れ 投稿者: 投稿日:2020/07/04(Sat) 00:34:12 No.1392  引用する 
五月晴れと並んでこの時節の季語は「さみだれ(
五月雨)」です。「さみだれ」とくれば松尾芭蕉
の奥の細道です。

「五月雨を集めて早し最上川」

ところで、東京深川の清澄通りを車で飛ばしてい
ると、掘川の袂に貧相な掘っ立て小屋があって気
になっていたのですが、そこが奥の細道の出発点
だったそうです。芭蕉の弟子の「採茶庵」です。

でも、深川に芭蕉庵はあったはずですよね。なぜ
自宅から旅に出ないで、弟子の「採茶庵」から出
発したのでしょう。

実は、旅に出る前に芭蕉は自分の庵を売り払って
いたのです。芭蕉の奥の細道への旅の並々ならぬ
覚悟をみてとれます。この「奥の細道」の旅は芭
蕉晩年の作。これが「最後の旅」という思いがあ
ったのかもしれません。

それは、冒頭の有名な序文からもわかります。

【月日は百代の過客にして、行き交ふ年もまた旅
人なり。船の上に生涯を浮かべ、馬の口とらへて
老いを迎ふる者は、日々旅にして旅を栖(すみか)
とす。古人も多く旅に死せるあり。】

<私の意訳>自分の人生はずっとさすらう旅人のよ
うなものであった。船に乗ってまた馬に乗って、
そこが自分の住処(すみか)のようなもので、そこ
で息絶えることを本望としたい。

芭蕉は雨露を凌ぐ屋根のある安住の住処を良しと
しなかったようです。自分を常に生死の狭間に置
くことで、自分の生き様(生きがい)を追求してい
たのかも知れません。(つづく)


五月晴れ 投稿者: 投稿日:2020/07/07(Tue) 07:48:17 No.1394  引用する 
芭蕉は自然と共に生き、決して奢(おご)らず、つ
くろわず、在りのままである事を至上とした。そ
れは、次の句にも見ることができます。

【朝顔は酒盛知らぬ盛り哉】(あさがおは、さかも
りしらぬ、さかりかな)

これは「更科紀行の旅」出立の前夜、弟子達が送
別の酒宴を開いてくれた。そこで「朝顔は酒盛を
知らずに咲き誇っている」という句を芭蕉は詠う。

朝顔は日の出の前に咲く。つまり、朝方まで酒宴
は続いていたということです。でも、芭蕉はこの
朝に出発する。人の迷惑も省みず、自分達が飲み
たい為に集まったとしか思えない。

そんな人間の謀事(はかりごと)とはほどほど無縁
に朝顔は咲いている。変な気遣いもせず、ありの
ままに在ることを良しとしたい芭蕉でした。

さらに、芭蕉の句には悠久の自然感が貫かれてい
る。あの有名な句にも、

【古池や蛙飛び込む水の音】

カエルがポチャンと音を立てて池の中に飛び込ん
でいる。何の変哲もない日常。でも、その池は古
池です。常(とこ)しえの昔から変わりなく続いて
きた日常。日常を重ねれば常しえ、そこに妙味が
あるわけです。

過去・現在・未来と自然のリズムの中に身を置く
ことの心地よさ。逆らわず、作ろわず、逆に芭蕉
は自然を味方にすることで、パワーを得ていたの
かもしれません。

と、私は解釈したのですが、学者さん達は、この
句は「ワビ・サビ」の詩だと日本文化の型にはめ
た論評をしています。寂(さび)れた古池に蛙が波
音を立てることで侘(わび)しさの中にも生への希
望を観るのだとか。

分かったような解らないような。次回から【わび・
さび】を考えます。(つづく)


侘・寂 投稿者: 投稿日:2020/07/11(Sat) 14:23:10 No.1396  引用する 
さて、日本人として生まれて来たからには、「ワ
ビ・サビ」を語れなければ日本人じゃない。

そこで、「ワビ・サビ」を漢字で書くと「侘・寂」
「侘(わび)しい、寂(さび)しい」です。

【寂れた】とは、廃(すた)れたり荒れたりして寂
しい様子だそうです。でも、そこに日本人は美を
見出すのだとか。

上の画像で右は比較的新しい住居、 左はさしずめ寂
しい住居と言いましょうか、年老いた住人だけの家
宅にみえます。

でも、良く見てください。どちらが趣がありますか。
・・・左です。古くてサビれた情景ですが、右の方
には何の想いも抱きませんが、左はずっと見てても
飽きません。その物が重ねた歴史の分だけの想いを
巡らすことができます。

右は古くなったら新しく塗り直せば良い。それは西
洋的発想なのでしょうね。でも日本は古くなること
を受け入れる。古さにも価値を置く。幾風霜を経て
錆び付いた風物にさえ日本人は美を感じる。これが
サビです。つまり、字は違いますが、

「古くサビついた物にも美という価値を置く。」こ
れが寂(さび)と私は解釈しています。

では、侘(わび)とは。(つづく)


Re: 侘・寂 投稿者: 投稿日:2020/07/15(Wed) 20:14:42 No.1401  引用する 
先日チラッと見ていたテレビです。夫婦で古紙回
収を生業とする大家族の話。

コロナでチラシが減って古新聞の収入も激減。夕
食は焼きそばだけ。子供が脇で「お肉たったこん
だけ」と叫ぶ。その代わりに大量の天かすを入れ
る。食卓に着いた旦那が「金が無くなると炭水化
物が増えるんですよね」と。それでも子供達は
「おいしい」といいながら焼きそばをほおばる。

富裕層にとってはなんとも「侘(わび)しい晩餐」
に見えるかもしれません。でも、この家族はみん
なニコニコしていました。


貧しければ貧しい程、ちょっとした 豊かさに敏感
になれる。どんな苦境(侘びしさ)にも光明を観る。
それが侘(わび)の文化なのです。

震災で大被害を受けながらも暴動一つ起きるわけ
でもなく、早々に復興のかすかな兆しが最善のニ
ュースとして伝えられる国、日本です。

侘の文化があるから日本人の民度が高いわけでは
なく、高い民度だから侘の文化が生まれたという
ことでしょうか。仏教で「国土世間」という考え
方がある。「良い行いをした人は、来世きっと良
い処に生まれる。」というものです。人に優劣が
あるように国土にも優劣がある。日本は過去世に
善行を積んだ人が多く生まれついた国と、仏教的
には言えるのかもしれません。

処理 記事No 削除キー

- Joyful Note Antispam Version -