近頃、この曲をテレビに飛ばして何回も聴いて
います。 ハイファイ・セット よりそって二人 https://youtu.be/y5RhnC-RJiY すごく寒いのに部屋は全開。ストーブもあるけ ど点いていない。手打ち蕎麦をこねるわけでも なかろうに、もう30分。畳の上に大の字に寝っ 転がって深呼吸。 あぁ!空気もご馳走だ。 程なく「すいません。ヤマメを焼くのに時間か かりました」と娘さんが。嫁さんのようです。
ここの民宿兼そば屋は都道沿いにあって、その日
に営業しているかどうかは入り口の幟(のぼり)で 確認します。それには「手打ちそば」と書いてあ る。 あれぇ? 「手打ち」って何だ 何となく改めて疑問が湧いてきました。こねる時 に手のひらでパタパタ叩くのか。でも、そばの製 造過程で「手打ち」に該当するような動作はない。 強いて言うなら、そばの生地を伸ばす時に左右を 棒で二三回押しますけど、それを打つと表現した のでしょうか。 私は家でハンバーグ作りをやらされるのですが、 一度に大量に(4キロの挽き肉で)作り置きするの で、こねるのが大変です。 餅つきもそうですが、基本は杵つきですよね。大 量に営業用にするためには機械を使わなければな らない。機械を使わず、手でこねるから手打ちと 思っていたら、機械のなかった江戸時代でも「手 打ち」という呼称がされていたんだそうです。 えぇ ? (つづく)
江戸末期(1824年)、大阪で出版された「江戸買
物独(ひとり)案内」という本があります。江戸市 中の買い物や飲食関連の商店約2600店を紹介す るガイドブックだそうです。(wikiより) そこに「手打ち」という文字があります。さらに、 「生蕎麦」という文字もある。いわゆるガイドブ ックですから、店の宣伝の意味合いが大きいです。 つまり、「手打ち」とか「生蕎麦」というのは当 時から、グレードの高いことを意味する言葉だっ たようです。 本来の「生蕎麦」の意味はそば粉100%というこ とで、当時はうどん粉にそば粉を少し混ぜただけ の安物の蕎麦屋が横行しており、「ニ八そば」も 高品質を唱(うた)って出てきたものです。 そもそも「手打ち」って何だったのでしょう。 ネットで隈無く調べてみたのですが、「足で打つ ほどの大量を作らない。手で少量しか打たない」 という意味に集約される程度しか見当たりません。 どのブログも確定するものではなく、想像の域を 出ていません。それというのも、そもそも、そば を作る工程に「手打ち」という動作が無いので皆 さん苦慮されています 「手打ち」の意味についてネットではお手上げ状 態ですので、私が考えてみます。ここからは私の 推論です。 蕎麦を激しく手で打ち付けるという製造工程は実 際にはあったのです。(つづく)
山川で蕎麦を祖母が作っていました。子供の私に
はボソボソしていてその味はおいしいものではな かったです。湯通しした大根の千切りがそばの上 に添えられたかけそばです。大根というのはさも ありなんかな。北前船で鰹節や昆布が流通する江 戸時代以前の、そばが精進料理として食された当 初の味付けは、大根おろしでしたから。 では、そばの手打ちはどこでやるのか。 祖母は畑から刈ってきたカラカラに枯れたソバの 束を庭に広げたゴザの上に置いて、やおら叩き始 めました。脱穀です。棒の先にさらにクルクル回 る棒で激しく打ち付けるのです。近年まで、ソバ はこの方法で脱穀されていました。商売用に大量 に脱穀するための機械はありました。丸いドラム の表面に釘のような突起があり、クルクル回して (釘を蕎麦に打ち付ける感じで)脱穀するのです。 でも、江戸の昔には棒で強く「手打ち」するしか なかったのです。(つづく)
関西はうどん、江戸は蕎麦、これが江戸時代の東
西を代表するグルメです。江戸の蕎麦文化は関西 への対抗心があったのでしょうか。 うどんの原料は米粉。江戸時代初期(元禄期)に米 の脱穀機が大阪で発明されています。しかし、そ の農具で蕎麦は脱穀できません。蕎麦は最近まで 「手打ち」でしかできなかったのです。 ではもう一度、江戸時代のガイドブック「江戸買 物独案内」を見てください。 真ん中の生蕎麦所とある肩書きに「信州」「寝覚 (ねざめ)」とあります。「寝覚」は木曽谷の最景 勝地です。そこで採れた蕎麦を使ってますよと、 産地を売りにしているわけです。確か日本のお寺 で最初に蕎麦切りが食されるようになったのもこ の辺りでした。つまり発祥の地です。江戸時代、 すでに素材にこだわっている。そこで、当店では 「手打ち(脱穀)」からやってますよ、というアピ ールです。 私の地元に蕎麦で有名な深大寺があります。たち 並ぶ蕎麦屋には、「手打ち」をアピールするため に石臼で粉を挽く部屋が設(しつら)えてあり、そ れは往来から見えるようになっている。本来の「 手打ち」はさらにその先の脱穀の段階からこだわ ったものなのです 。 「手打ち」と呼んだのは、脱穀機で大量に作れる 米粉の関西うどんへの対抗だったのかもしれませ ん。蕎麦屋の店主が目利きして仕入れた蕎麦の脱 穀から余人を介さず「手打ち」をして極上の蕎麦 に仕立てる。 少ロットで品質重視を売りにした江戸の蕎麦文化 の故に、その後の蘊蓄(うんちく)話も百花繚乱に。(終)
「目に青葉 山ほととぎす 初鰹」
江戸中期の俳句ですが、最近気になっていること があります。 カツオが魚屋さんに並んでない。 いつ頃からなのでしょう、旬の初鰹が出回らなく なった。ここ、数年前からでしょうか、スーパー の鮮魚コーナーには刺身のパックに「旬」のシー ルが貼ってあって、でもそれは「宮城県産とろカ ツオ」となっている。 アホ! それって解凍した「戻りカツオ」だろう に。
蕎麦談義のついでに、
自分で蕎麦を打つこともできないので、もっぱら 出来合いの生蕎麦(そば粉100%という意味ではな く単純に乾麺ではないという意味)を買ってきて、 軽く茹でて食べるわけですが、ちょっと思うとこ ろが。 蕎麦は夏より冬の方がうまい。 そう感じて原因を考えてみました。麺を茹でた後 水道水で晒すわけですが、夏と冬では水の温度が 違う。冬の冷たい水に晒した時の方が麺がしまっ て美味しいことを発見。 そこで我が家では、夏は多めの冷水を用意し、水 道で晒した後その冷水で締めるようにしています。 締まったかどうかは、麺が固くなることで判断し ます。 |
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