0151410

このフォームからは投稿できません。
name
e-mail
url
subject
comment
とわなみ 掲示板
[トップに戻る] [スレッド表示] [トピック表示] [新着順表示] [アルバム] [留意事項] [ワード検索] [過去ログ] [旧過去ログ] [管理用]
1: 11/8トランプ大統領復活?  / 2: 訃報:山中一夫さん  / 3: しげもいの唄談義  / 4: 参議院議員選挙2022  / 5: GHQよさようなら  / 6: もう3月 (1) / 7: 山口の公子さん、私も山川に帰ってきたよ。 (6) / 8: 天神様にお参りした。 (8) / 9: 萌絵さん、私の話を聞いてください  / 10: 青山繁晴参議院議員のこと (1) / 11: 鳥越 勝利君の消息をご存じありませんか  / 12: いなか暮らし奮戦記  / 13: とわなみ掲示板復活宣言  / 14: 室屋忠政の弟です (1) / 15: 菜の花マラソン  / 16: 寂しい限りです (1) / 17: 山川の秋  / 18: お知らせ!! (2) / 19: 4月のフランス10日間  / 20: 4月のフランス10日間  / 21: 4月のフランス10日間  / 22: 4月のフランス10日間  / 23: 4月の  / 24: 4月のフランス10日間 (1) / 25: 4月のフランス10日間  / 26: 4月のフランス10日間  / 27: 4月のフランス10日間 (3) / 28: 突然ですが  / 29: 健康クラブ (2) / 30: しげもいさん お元気ですか (1) / 31: あっちゃん、お元気ですか?  / 32: 山川小学校  / 33: 関西山川会 (4) / 34: 関西山川会 (2) / 35: 伊丹にて (2) / 36: 竹山もせまる。  / 37: これぞ日本一? (1) / 38: 日本一の露天風呂  / 39: 田舎や生活最後の日  / 40: 開聞コースでゴルフ  / 41: アルバム (1) / 42: 古民家 (5) / 43: 尾下り探検隊 (8) / 44: 二の市 (7) / 45: 山川・指宿元気どころ (4) / 46: 指宿・山川最新情報 (3) / 47: 関西山川会 (4) / 48: 山川の「田舎や」から (1) / 49: 菜の花マラソン第1報  / 50: 山川からの発信  /



[ 指定コメント (No.766) の関連スレッドを表示しています。 ]

三春便り④ 投稿者:きいがらいも 投稿日:2007/02/22(Thu) 20:16 No.764  引用する 
福寿草・・・もう春ですね?・・・

Re: 三春便り④ 投稿者:しげもい 投稿日:2007/02/23(Fri) 09:57 No.765  引用する 
きいがらいもさん、いつもきれいな写真をありがとう。
僕は雪を見るとそこへレガシーで行きたくなる。 いつ行けるかナー。

Re: 三春便り④ 投稿者:きいがらいも 投稿日:2007/02/26(Mon) 12:58 No.766  引用する 
しげもいさん、とわなみ掲示板をいつもお借りしています
愛車のレガシィで雪道を走りたいでしょうが今年は福島市内郡山市内は地元の人も驚くほど雪は無くスタッドレスタイヤが泣いています、でも油断大敵!夜間は凍っているところもありますのでまだ取り替えられません。

僕も若い頃スバルに乗った事があります。あの独特のエンジン音がたまらなく良かったですね。ちなみに聞いた話ですがスバルの四駆は東北電力の雪道対策で相談されて開発の一翼を担ったとか・・・定かではありませんが、しげもいさんのディーラーへ聞いて見て下さい・・・・・

Re: 三春便り④ 投稿者:しげもい 投稿日:2007/02/27(Tue) 13:11 No.767  引用する 
そんな雪国でスタッドレスタイヤが泣くほど雪がない?この調子だったらほんとにどうなってしまうんだろう。

スバルの四駆は高圧送電線のメンテナンスに雪のために苦労していた東北電力が富士重工(スバルのメーカー)に相談して
開発されたというのはスバルが毎月発行しているカートピア
という小さな雑誌に載っていました。

もともと車というのはエンジンが前にあり後輪を駆動するというのが常識でした。ごくまれに後ろにエンジン積んで後輪を駆動する言うのがありました。スバルが売り出した軽自動車はリヤーエンジン・リヤードライブで RR といっていました。富士重工も軽自動車から普通自動車メーカーに生まれ変わりました。昭和40年ごろと思いますが1000CCでフロントエンジン・フロントドライブ (FF)を発表して世間を驚かせました。戦時中戦闘機メーカーだった富士重工は車は後ろから押すよりも前から引っ張るのが効率がよいというのが
信条でした。これなら階段でも上れるといっていたようです。わたしは大手町の会社のすぐ近くでスバル1000の発表会があるというのでこのときまだ免許持っていませんでしたが
このときの説明を聞いていてこれだったらジープのような
4輪駆動車は簡単に出来るではないかと思ったのです。
それから1100CC,1300CCと段々スケールアップして
1300cc のバンが活躍しだしたころ東北電力からの
依頼がありスバルも渡りに船という感じで開発に取り組んだものと思います。1400CCの乗用車レオーネが4駆になっ
たとき飛びつくように購入しました。このころの4駆はパートタイム4駆の切り替え式で通常前2輪で駆動し滑りやすいところで4駆にきりかえるというものです。ところが4駆で
走りながらカーブするとぎゅーと強力なブレーキがかかります。速度をゆるくしても左折右折のカーブはとてもむりです。これは実用的でないと前軸と後軸の間に差動装置を入れてアルシオーネという2ドア車ができました。これはエンジンと四つの車輪が歯車でつながったもので理想の車としてほれ込みました。これを高速で飛ばすと胸のすくような
すばらしい走りをします。しかし一人二人で乗るときはいい
けれど2ドアはやっぱりファミリーカーとしては落第です。
このような数々のユーザーのニーズによって育てられたのが
現在のレガシー、フォレスター、インプレッサだと思います。
 現在ではフロントエンジン・リヤードライブという車は
トラックではまだかなりありますが乗用車はフロントエンジン・フロントドライブ(FF)か四駆となっています。これもスバルが作った流れです。何かで読んだ話ですが
富士重工は戦争が終わってまったく仕事がなく工場にはあの
小さなタイヤがごろごろしていた。これでなにかできないだろうかとだれかが考えたスクーターをつくりだした。これが
終戦後よく走っていたシルバーピジョンだったと思う。
長くなりましたのでこの辺で・・・・

処理 記事No 削除キー

- Joyful Note Antispam Version -